普通列車、ボックスシート、そして名もなき小淵沢の坂道。
2026.03.08

観光地に行きたいわけでも、美味しい空気を吸いたいわけでもない。ただ「移動すること」そのものがしたい。そんな衝動に突き動かされて、私は小淵沢へ向かった。

目的地が小淵沢なら、普通は特急「あずさ」を選ぶ。リクライニングに身を預ければ、静かに、そして何より早く着くからだ。だが、私はあえて普通列車を乗り継ぐ道を選んだ。高尾を過ぎたあたりから急勾配に挑み始める中央本線の力強さを、硬いボックスシートで受け止める。時間はかかるし、お尻の肉が取れるのではないかと思うほど座り続けることになるが、この「一見無駄に思える時間」こそが、私にとっての主食なのだ。

私は一応、鉄道ファンを自認している。といっても、カメラを担いで引退間近の車両を追いかけるようなバイタリティはない。ただ、列車が持つ独特の空気感と、窓の外を流れる風景が織りなすアンサンブルを愛しているだけだ。ガタゴトと響く一定のリズムに身を任せ、刻一刻と表情を変える山々を眺める。特急よりも少しだけゆっくりと、けれど確実に私を遠くへ運んでくれる実感が、何物にも代えがたい。

小淵沢駅に到着し、まずは駅の展望台に登ってみた。そこで、いかにも重装備な男に話しかけられた。自撮り棒の先の厳ついカメラに、モフモフの防風カバーがついたマイク。どこからどう見ても「鉄道系YouTuber」だ。

彼は私を見るなり、「この車両、もうすぐ引退ですよね。やっぱりそれを狙いに?」と、食い気味に聞いてきた。どうやら私を、レトロな車両を記録しに来た「同業者」だと思ったらしい。

申し訳ないが、私は君が求めているような「レア車両への情熱」は持ち合わせていない。私はただ、窓枠に切り取られた景色と、車内の少し古ぼけた匂いに代金を払っているだけの、「風情至上主義者」なのだ。幸い、彼は私にカメラを向けることはなく、ひとしきり知識を披露して満足げに去っていった。私はただ、少しの困惑とともに八ヶ岳を眺めるしかなかった。

駅を出てからは、これといった目的もなく街を歩いた。リゾート施設で優雅に過ごすわけでも、アウトレットで買い物をするわけでもない。観光ガイドにあるようなスポットはすべて素通りし、どこにでもありそうな路地を歩き、名もなき坂道を登る。結局、小淵沢で私がしたことといえば、展望台に登ったことと、ただ街を徘徊したことだけだ。

帰りの電車に乗り込み、再びガタゴトと揺られ始めたとき、ようやく私の心はしっくりと落ち着いた。結局のところ、目的地なんてものは、移動を終わらせるための言い訳に過ぎないのだ。

「小淵沢に行って何をしたの?」と聞かれたら、私は胸を張ってこう答えよう。
「小淵沢まで、移動したんだよ」
それで十分じゃないか。

小淵沢の風景

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